横浜地方裁判所 平成8年(行ウ)18号 判決 1997年4月14日
神奈川県小田原市下堀一六二番地
原告
志村猛
右訴訟代理人弁護士
伊藤敏男
神奈川県小田原市荻窪四四〇番地
被告
小田原税務署長 掛川安雄
右指定代理人
竹村彰
同
田部井敏雄
同
市川登美雄
同
菅野勝雄
同
吉原利弘
同
小野雅也
同
清水守
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は、原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告が平成六年一〇月三一日付けでした、原告の平成五年分所得税の更正のうち納付すべき税額二五〇三万一〇〇〇円を超える部分及び過少申告加算税の賦課決定を取り消す。
第二事案の概要
本件は、被告が原告の平成五年分の所得税につき平成六年一〇月三一日付けで、納付すべき税額五〇〇二万七〇〇〇円とする更正及び過少申告加算税賦課決定をしたのに対し、原告が、原告の有限会社城東ホームに対する土地譲渡は租税特別措置法三一条の二第二項七号に該当し、同条一項の課税の特例が適用されるべきであるから、被告が右更正に当たり、これを適用しなかったことは違法であるとして、右更正のうち原告の確定申告額二五〇三万一〇〇〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定の取消しを求めた事案である。
一 争いのない事実等(証拠の記載のないものは争いがない。)
1 本件課税処分等の経緯
(一) 原告は、平成六年三月一五日、原告の平成五年分所得税について、総所得金額を四一四万八二〇〇円、分離課税の長期譲渡所得金額を一億六六六四万〇三六七円、納付すべき税額を二五〇三万一〇〇〇円とする確定申告をした。
(二) 被告は、平成六年一〇月三一日、原告の同年分の所得税について、総所得金額、分離課税の長期譲渡所得金額を原告の申告額と同額とし、納付すべき税額を五〇〇二万七〇〇〇円とする更正(以下「本件更正」という。)及び過少申告加算税額を二四九万九〇〇〇円とする過少申告加算税賦課決定(以下「本件決定」という。)をした。
(三) 原告は、平成六年一二月一九日、被告に対し、本件更正及び決定につき異議申立てをしたところ、被告は、平成七年二月二八日、これを棄却する旨の決定をした。
(四) 原告は、平成七年四月三日、国税不服審判所長に対し、診査請求をしたが、国税不服審判所長は、同年一二月七日、本件各処分は適法であるとして、これを棄却する旨の裁決をし、右裁決は、同年一二月九日、原告に送達された。
2 本件課税標準額
原告の平成五年分の所得税の課税標準額は以下のとおりである。
(一) 総所得金額 四一四万八二〇〇円
右金額は、原告の確定申告額と同額である。
(二) 分離課税の長期譲渡所得金額 一億六六六四万〇三六七円
原告が平成五年九月一五日、有限会社城東ホーム(以下「城東ホーム」という。)に譲渡した別紙物件目録記載の各土地(以下「本件土地」という。)は、いずれも、同年一月一日の時点で、原告が所有していた期間が五年を超えるので、本件土地の譲渡による所得は、長期譲渡所得として、分離課税の対象となる(租税特別措置法(以下「措置法」という。)三一条一項)。そして、右長期譲渡所得の金額は、次の(1)の金額から(2)ないし(4)の合計額を控除した金額であり、原告の確定申告額と同額である。
(1) 譲渡収入金額 二億二〇〇〇万円
右金額は、原告が城東ホームに本件土地を譲渡したことによる収入金額であり、原告の確定申告額と同額である。
(2) 取得費 五二二五万九六三三円
右金額は、次の<1>、<2>の合計額であり、原告の確定申告額と同額である。
<1> 本件土地の取得費 一一〇〇万円
本件土地は、原告の父である志村幸造が、昭和二七年一二月三一日以前に取得し(弁論の全趣旨)、原告が、平成三年一一月二五日に相続したものであり、原告が昭和二七年一二月三一日以前から引き続き所有していたものとみなされる(措置法施行令二〇条二項三号)から、措置法三一条の四第一項により、前記譲渡収入金額の一〇〇分の五に相当する右金額が本件土地の取得費となる。
<2> 相続税額 四一二五万九六三三円
本件土地は、前記のとおり、原告が相続により取得したものであり、かつ、本件土地譲渡は、相続法の法定申告期限である平成四年五月二五日の翌日から三年以内にされたものであるから、措置法三九条一項、同法施行令二五条の一五第二項により、原告が納付すべき相続税額九二六一万七九〇〇円に本件土地の課税価格一億二〇九三万三八六八円を相続税法一一条の二に基づく課税価格二億七一四六万七二九〇円で除した額を乗じた額である右金額が相続税額となる。
(3) 譲渡費用 一〇万円
右金額は、原告が本件土地の売買契約書に貼付した印紙代であり、原告の確定申告額と同額である。
(4) 特別控除額 一〇〇万円
右金額は、措置法三一条五項に規定する金額である。
3 分離課税に係る長期譲渡所得金額に対する税額を除く本件課税金額
(一) 総所得金額に対する税額 一二万二七〇〇円
右金額は、前記総所得金額から所得控除の額の合計二九二万一一八六円を控除した課税総所得金額一二二万七〇〇〇円(国税通則法(以下「通則法」という。)一一八条一項に基づき一〇〇〇円未満を切り捨てたもの)に、所得税法八九条所定の税率一〇〇分の一〇を乗じたものである。
(二) 源泉徴収税額 八万七七〇〇円
右金額は、原告が給与の支払いを受けた際に源泉徴収された所得金額であり、原告の確定申告額と同額である。
4 本件土地開発及び譲渡の経緯
原告は、本件土地を城東ホーム(平成五年三月設立、代表取締役原告)に譲渡して、同社が宅地開発をし、同社から受け取った代金で相続税を支払うこととしたが、工事を急いでいたこともあり、平成五年三月三〇日、小田原市長に対し、原告個人が都市計画法二九条に基づき、本件土地を専用住宅地として開発する旨の開発行為の許可申請をし(甲三号証の一、一九号証)、同年四月二二日付けで、右申請に係る開発行為の許可を得た。
原告は、これを受けて、平成五年四月二三日付けで、工事着手届を小田原市長に提出した。
他方、城東ホームは、平成五年四月二三日付けで、株式会社力石土建(以下「力石土建」という。)との間で本件土地の宅地造成工事請負契約を締結し、本件土地の造成工事に着手した。
原告及び城東ホームは、平成五年五月一七日、神奈川県知事に対し、国土利用計画法二三条一項に基づき、本件土地の所在地、面積、権利移転の内容、予定売買価格等を記載した土地売買等届出書を提出し、同年六月七日付けで、神奈川県知事から国土利用計画法二七条の四第一項に基づく不勧告通知を受けた。
そこで、原告は、平成五年九月一五日付けで、城東ホームとの間で、本件土地を代金二億二〇〇〇万円で売却する旨の契約を締結し、同日、城東ホームに対する本件土地の所有権移転登記をした。
原告は、平成五年九月二九日付けで、小田原市長に対し、本件土地の造成工事が完了したとして、その旨の工事完了届を提出した。小田原市長は、同年一〇月一二日付けで、工事検査済証を交付し、同月二五日付けで、工事完了の公告をした(乙一号証)。
二 争点
本件の争点は、原告の城東ホームに対する本件土地の譲渡が、措置法三一条の二第二項七号の「優良住宅地等のための譲渡」に該当し、同条一項の長期分離課税の特例の適用を受けるかどうかである。
これについての当事者双方の主張は、次のとおりである。
(被告)
措置法三一条の二第一項は、土地等の譲渡が、同項各号の定める「優良住宅地等のための譲渡」に該当する場合に、右譲渡に係る長期譲渡所得につき課税の特例を適用する旨規定している。そして、同項七号の定める「土地等の譲渡」とは、都市計画法二九条又は同法附則四項の開発許可等を受けて一団の宅地の造成を行う個人又は法人に対する土地等の譲渡で、当該譲渡に係る土地等が当該一団の宅地の用に供されるもので、当該一団の宅地は、その面積が一〇〇〇平方メートル以上(小田原市の場合は五〇〇平方メートル以上)で、その造成が開発許可の内容に適合して行われるものであり、これらにつき大蔵省令の定めるところにより証明されたことを要する。
したがって、措置法三一条の二第二項七号の「土地等の譲渡」とは、自ら開発許可を受けて宅地の造成を行う個人又は法人に対する土地等の譲渡をいうと解すべきである。しかるに、本件土地の開発許可は、譲渡人である原告が取得したものであり、譲受人である城東ホームは右許可を受けていないから、本件土地の譲渡が、これに当たらないことは明らかである。そこで、前記分離課税に係る長期譲渡所得金額一億六六六四万円(通則法一一八条一項により一〇〇〇円未満の端数を切り捨てたもの)に、措置法三一条一項二号所定の税率一〇〇分の三〇を乗じると、分離課税に係る長期譲渡所得金額に対する所得税額は四九九九万二〇〇〇円となる。
しかるに、原告は、本件土地の譲渡に措置法三一条の二第一項、第二項七号の適用があることを前提に、右税額を二五〇三万一〇〇〇円と過少に申告していたことから、被告は、右申告額と前記納付すべき所得税額五〇〇二万七〇〇〇円との差額である二四九九万六〇〇〇円に通則法六五条一項に基づき一〇〇分の一〇を乗じた二四九万九〇〇〇円を過少申告加算税として賦課決定した。
以上のとおり、本件更正及び決定は措置法、同法施行令、通則法の定めに従って行われたものであるから、適法である。
(原告)
被告は、本件土地の譲受人である城東ホームが、本件土地の開発許可を受けていないことから、本件土地の譲渡は、措置法三一条の二第二項七号の「土地等の譲渡」に該当しない旨主張する。しかしながら、右規定は、優良宅地の安定的な供給を確保しようとするものであるから、その適用の有無は、開発許可の内容に適合した宅地造成が行われたかどうかを基準に判断すべきである。そして、措置法三一条の二第二項七号は、開発許可を受けた者が自ら宅地の造成を行うことを要するとは規定しておらず、都市計画法四四条、四五条が許可に基づく地位の承継を認めていることからすれば、右規定の「土地等の譲渡」を土地等の譲受人において開発許可を受けた場合に限定する理由はない。
また、そのように限定的に解した場合、都市計画区域外の土地に関する措置法三一条の二第二項八号の解釈と整合性が図れなくなるばかりか、譲受人が造成工事を行わず、土地等を第三者に転売した場合や譲受人が倒産等により造成工事を行えなくなったような場合には、前記法の目的を達し得なくなるという不都合が生じる。
城東ホームは、前記のとおり、力石土建との間で本件土地の造成契約を締結し、開発許可の内容に適合した造成工事を完了しており、平成五年一二月からは本件土地の分譲を開始している。このように、現に優良宅地の供給が実現されている以上、城東ホームが自ら本件土地の開発許可を取得していなくても、本件土地の譲渡は、措置法三一条の二第二項七号の「土地等の譲渡」に当たるというべきである。
なお、右規定を被告の主張するように解したとしても、原告は、城東ホームの代表取締役の地位を有するから、都市計画法四四条の適用ないし準用により、城東ホームは、原告の有していた許可に基づく地位を承継したというべきである。
いずれにせよ、本件において、都市計画法の要件を満たした優良住宅地の供給がなされており、法律の予定した立法趣旨が実現しているのであるから、関係者にその利益を与えるべきであり、都市計画法の許可名義人が形式的に異なることをとらえて法の適用を否定することは許されない。
以上のとおり、本件更正には、本件土地譲渡に係る長期分離所得につき措置法三一条の二第一項の特例を適用しなかった違法があり、これに基づく本件決定も違法である。
第三争点に対する判断
一 措置法三一条の二第二項七号の適用について
措置法三一条の二第一項は、土地等の譲渡が「優良住宅地等のための譲渡」に該当する場合に長期譲渡所得の課税の特例の適用を認めており、これを受けて同条第二項各号は、土地等の譲渡が「優良住宅地等のための譲渡」に当たる場合につき具体的に規定している。そして、同項七号は、一団の宅地の造成を行う個人又は法人に対する土地等の譲渡で、当該譲渡に係る土地等が当該一団の宅地の用に供されるものがこれに該当するとし、当該一団の宅地の造成は、都市計画法二九条又は同法附則四項の許可等を受けて行われ、かつ、当該開発許可の内容に適合して行われると認められるものであることを要すると規定する。そして、都市計画法四四条、四五条により開発許可に基づく地位の承継があった場合については、当該土地等の譲渡は、右地位の被承継人、承継人のいずれに譲渡した場合であっても、右特例の適用対象としている。
右規定の仕方からすれば、措置法三一条の二第二項七号の「土地等の譲渡」とは、開発許可に基づく地位の承継があった場合を除き、土地等の譲受人において自ら開発許可を取得し、宅地の造成を行う場合をいうと解すべきである。したがって、本件のように、譲受人である城東ホームが自ら開発許可を受けていない場合に、右特例の適用がないことは明らかである。
原告は、措置法三一条の二第二項七号と同項八号を整合的に解した場合、譲受人が自ら開発許可を受ける必要がないかのように主張する。しかし、措置法三一条の二第二項八号は、大都市地域における優良宅地開発の促進に関する緊急措置法三条一項の建設大臣の認定及び都市計画法二九条又は同法附則四項の開発許可を受けて複合的宅地開発を行う個人又は法人に対する土地等の譲渡に関する規定であり、この場合も、土地等の譲受人が、自ら建設大臣の認定及び許可を受け、複合的宅地開発を行うことを要するものと解される。したがって、右規定を併せて解釈しても、措置法三一条の二第二項七号の場合に、土地等の譲受人において開発許可を受けることを要しないとはいえないことは明らかである。
さらに、原告は、譲受人が自ら開発許可を受けたことを要するとすると、譲受人が譲渡に係る土地等の宅地造成を行わなかった場合に優良宅地の供給を確保し得ないとも主張する。しかし、措置法三一条の二第二項本文、同項七号は、当該譲渡に係る土地等が当該一団の宅地の用に供されるものであることにつき大蔵省令の定めるところにより証明がされることを要するとし、措置法規則一三条の三第一項七号は、譲受人において、当該譲渡に係る土地等を当該一団の宅地の用に供する旨を証する書類を確定申告書に添付することを要する旨規定している。したがって、原告の主張するような不都合が生じる余地はなく、原告の主張は理由がない。
また、原告は、本件土地の譲渡人である原告が、譲受人である城東ホームの代表取締役であることから、都市計画法四四条により、城東ホームは、原告の有していた許可に基づく地位を承継したとも主張する。しかしながら、右のような事実があるからといって、城東ホームが同条にいう原告の「相続人その他の一般承継人」に当たるとはいえないから、原告の主張は理由がない。
なお、原告は、本件において、城東ホームが宅地開発を行い、都市計画法の要件を満たした優良宅地の供給がなされており、法律の予定した立法趣旨が実現しているから、関係者にその利益を与えるべきであり、都市計画法の許可名義人が形式的に異なる点のみをとらえて法の適用を否定すべきではない旨主張する。しかし、措置法三一条の二第一、二項は、前述のような一定の要件に該当する場合に限り、優良住宅地等のための譲渡として、例外的に課税の特例を定めているのであるから、これを原告の主張するような場合にまで拡張ないし類推して解釈することは許されないというべきであり、原告の主張は、理由がない。
以上のことから、被告が本件更正に際し、本件土地の長期譲渡所得に措置法三一条の二第一項、第二項七号を適用しなかったことに違法があるとはいえない。
そうすると、本件において、分離課税に係る長期譲渡所得金額に対する所得税額は、被告主張のとおりとなるから、本件更正及びこれに基づく本件決定は適法である。
二 結論
以上によれば、原告の本訴請求はいずれも理由がないのでこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 浅野正樹 裁判官 近藤壽邦 裁判官 近藤裕之)
別紙
物件目録
一 所在地番 小田原市下堀字千代境六二番一
地目 田
地積 六三三平方メートル
二 所在地番 小田原市下堀字千代境六二番二
地目 畑
地積 一一〇〇平方メートル